日本人イスラム教徒日記:イスハーク・バイナ・ル・アバダイン

日本人イスラム教徒となって5年目を迎えてスタートしたブログです。タイトルの意味は「二つの永遠の間のイスハーク」。 gooブログの「日本人イスラム教徒ゆとろぎ日記:アナー・イスミー・イスハーク」の続編。

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神田うののアバヤ姿

 神田うのがドバイの新婚旅行から帰国というニュースをやっていた。


 真っ黒なアラブの民族衣装「アバヤ」を着ていた。顔立ちがバタ臭い(し、死語! エキゾチックというのも古いか…)せいか、見ようによってはイラン人女性などに見えないこともない。


 普通は髪の毛を隠すものだが、茶髪を前の方と後ろの方で一部覗かせていた。ファッション的にはあれも「あり」かな。結構似合っていると思った。


 でも、ムスリムの中には、「本来の着方と違う」とか「ムスリマでもないのに、アバヤを着るな」ということで批判する人もいるかもしれない。考え方は人それぞれだし。


 神田うのはファッション的に影響力があるから、「神田うのが来ていた、あのアバヤってかわいい!(最後の「い」にアクセント)」といいつつ、むやみやたらと多くの日本人女性が国内で着始めて、ちょっとした流行みたいになったりして。ちょっとそんな予感。


 で、しばらくは「アバヤ」をうろ覚えで「カバヤ」だの「アババ」だの呼ぶ人もいるんだろうな。

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テーマ:イスラム教 - ジャンル:学問・文化・芸術

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入信の頃のつまずき…日本イスラム界への不信

以前、他のブログに書いたこともあるかもしれないが、2004年1月13日にムスリムになった頃のことを綴ってみたい。


ただし、以前は書かなかった本当の心境なども書くことにする。


仕事が休みだったこの日の朝、なぜか急に「イスラム教徒にならなくてはならない」という強い衝動に駆られて、東京のイスラミック・センター・ジャパンを訪れた。


そして、入信したい旨を伝えると、その場にいたカリード氏(日本人)とイブラーヒーム氏(日本人とパキスタン人のハーフ)が立会人となってくれて、信仰告白をし、めでたく日本人イスラム教徒の誕生…となるかと思いきや、そうは簡単にいかなかった。


イスラム教徒になったという証明書を発行するのに、イスラムについて勉強してレポートをまとめて提出しろという指示が出た。それを半年ほど続けた後に正式にイスラム教徒である証明書を発行するとのこと。当時の、ある日本人理事の方針だったらしい。


今考えると、信仰を求めていった人間に、「勉強してレポートをまとめないと入信を認めないぞ」というような態度はいかがなものかと思う。
そういうことをやっているからせっかく入信しても離れてしまったり、「じゃあいいです」という人が出てくるのではないか。入信してからゆっくりと学んでいけばいいち思うが。


結局、一回目のレポートがそれなりに出来が良かったと認められ、半年の予定が二週間ほどで証明書発行となった。


ちなみにイスハークという名前はイブラーヒーム氏が挙げた候補の中から自分で選んだものである。イブラーヒーム氏とはいろいろないきさつから疎遠になっているが、今となっては感謝することも多い。


信仰告白した日に、さまざまな冊子を頂き、自宅で礼拝に必要なアラビア語を必死で暗記したり、礼拝のやり方を練習したりした。
しかし、冊子に「礼拝は先輩のイスラム教徒からきちんと教わった方がいい」というようなことが書いてあったし、確か信仰告白の日にもそう言われたので、後日イスラミック・センター・ジャパンを訪れた。誰かから礼拝の仕方をきちんと教わるためである。


ところが、センターにいた日本人の方に「礼拝の仕方を教えてください」ということを伝えたところ、「本などを読んで自分で覚えてください」という。片言の英語で近くの外国人にも頼んだが、同じような返事。
結局、何人かに声をかけたが、礼拝の仕方を教えてもらうことはできず、2階(だったかな)の礼拝室で、自宅と同じように冊子を見ながら礼拝して帰ってきた。


「入信の時にレポートまで書かせるわりには、イスラミック・センター・ジャパンというのはずいぶんといい加減な組織であるな」と感じたものだ。それ以来イスラミック・センター・ジャパンには行っていない。


そして、やはりイスラム教だからウンマ(共同体)に所属することが大切だろうと自分なりに考え、日本ムスリム協会に電話して、入信したいという意向を伝えたところ、「会員の紹介が無いとダメ」とあっさりと断られた。
それから数年たって、たまたま日本ムスリム協会の事務所に本を買いにいったところ、重鎮の方々がいらして、「私たちが推薦人になってあげるから入会しませんか」と言って頂き入会した。
だが、最初に電話したときのにべもない断り方をされたときの少なからぬ失望とショックは忘れない。「こちらは随分と偏狭な組織であることよ」と感じた。


そんな中で、東京ジャーミイの方々には大変よくしていただいた。特に副代表のアブドゥッラー氏(トルコ人)には感謝してもしきれないくらい面倒をみていただいた。私がもっとも敬愛するムスリムの一人である。


日本イスラム界の方々がときどき、「日本人はせっかく入信してもだんだんとイスラムを離れてしまう人が多い」というようなことを書かれているが、以上のような体験をした日本人ムスリムとしては、日本イスラム界の体質にも原因があるのではないかと強く感じている。
入信したときからつまずきまくりだ。これじゃあ、入信した途端にイスラムから離れる人も出てくるって。最近は少しは改善したんだろうか?

テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

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一人称について

どうも日本語の一人称が苦手だ。


職場や知人には対しては、「私」ということが多い。でもよそよそしい感じはぬぐえない。ネット上でもだいたい「私」を使っているが、どうも心にブレーキがかかってしまう。


「僕」という言葉は子供っぽい印象があって昔から好きではない。私生活でもまず使わない一人称だ。


「俺」だとなんとなく傲慢な感じがする。親しい友人や、ある程度年下の知り合いには使うことがあるけれど。


「わし」は、本当はシャイな人が傲慢を装っているようでこっ恥ずかしい。マンガ『ゴーマニズム宣言』の作者の小林よしのりとか清原とかね。


かといって「小生」や「拙者」はかしこまりすぎだし、「わちき」はふざけすぎている。
「自分」という言い方はスポーツや武道の世界では普通に使っていたが日常的には変だ。自然に使いこなしている人がいるが、あれは一種の才能だと思う。一歩間違えると、硬派を気取っている頭の悪い大学生みたいになってしまう。


一人称ひとつとってもさまざまな表現があるところに、日本文化における人間関係の複雑さが現れている気がしてならない。
そして私(と、ここでは使ってみる)は昔から天才的に人間関係がヘタである。一人称が苦手ということはその反映でもあるんだろう。


英語なら "I" だけですむし、アラビア語なら أَنَا (アナー)だけですむ。
できればそういう文化圏に生まれたかったものだ。


とは言っても日本に生まれてしまった以上は仕方ない。苦手ながらもそれぞれの場面で一人称を使い分けるしかない。


そして、このブログでは自分のことを「俺」と表現してゆこうと思う。ネット上で「私」を使うのは少々飽きたし、多少の傲慢さや我を出してゆこうと思うからだ。


途中で気が向いたらまた別の一人称を使うかもしれないし、「私」に戻るかもしれないけれど、とりあえずは「俺」でスタートだ。

テーマ:とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル:日記

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