広大なイスラムの世界に戸惑ったあの頃2008-01-27 Sun 20:16
またまた入信初期の頃を振り返ることにする。どうもこの1年くらい、だらだらとしたイスラムライフを送っているので、初心に返るという意味で。 ムスリムになってまずやらなくてはいけなかったのが、身の清め方と、礼拝の動作と、礼拝の際に唱えるアラビア語を覚えることだった。 よく、市販のイスラムの概説書などで、礼拝の動作の図解を見かける。そのようなものを見るとそれほど大変そうに感じないのだが、実際は一通り覚えるまでにかなり時間がかかった。 イスラミック・センター・ジャパン発行の『サラート イスラームの礼拝』という冊子が私の教科書。薄いのに必要なことがコンパクトにまとめてあり、非常にすばらしい冊子で、現在でもときどき読み直している。 何がすばらしいかというと、礼拝に必要なアラビア語がすべてカタカナで書いてある。その中にはクルアーンのいくつかの章も含まれる。 左側のページにクルアーンの原文(アラビア語)、右側に読み方と、日本語訳が記してある。いきなりアラビア語は読めないので、やはり初心者にはカタカナの読みはありがたかった。 厳密に言えば、アラビア語の正しい発音とは言えないだろうけれど、ムスリムになった以上はとにかく片言でもいいからアラビア語のフレーズを覚えなくてはならない。 第1章「開端章」はムスリムなら誰でも覚えなくてはならない章で、全7節からなる比較的短い章。ムスリムであれば、一度覚えた「開端章」はまず忘れることはない。一日五回の礼拝の中で必ず唱えるし、礼拝の時以外でも、ふとしたときに口ずさんでいる(?)ことも多い。 その他、第102章〜第114章、第2章255節(「玉座節」と呼ばれる重要な部分)が掲載されている。前のブログでも書いたけれど、このあたりの章はすべて暗記した。 反対もあるだろうけれど、クルアーンの読みをすべてカタカナでも記した書籍があると、クルアーンを読んだり、暗記したりする大きな手がかりとなるので非常にありがたい。 とはいえ、やはりアラビア語の学習は避けて通れない。 本来の発音がわからないままになるし、クルアーンをアラビア語で読む際にもきちんと意味をとりながら読むのが正しいからだ。 カタカナで記された以外の章もいずれはアラビア語で読まなくてはいけないので、アラビア語学習も入信直後に始めたが、さすが世界一難しいと言われる言語、大パニックになってしまった。 文字が覚えられない、日本語に無い音が多い、文法が複雑、適切な入門書が少ない、習える場所が大学以外ほとんど無い…泣きそうだった(いずれアラビア語については別に項目だてる予定)。 その上、クルアーンのアラビア語は日常使用するアラビア語と異なる表記法があったりしてますます頭が大混乱! 結局、一時期エジプト大使館に通った以外は独学で勉強し、辞書を引けるレベルには達した…というと、「何のこっちゃ? 辞書なんか簡単に引けるだろう」と思う人がいるかもしれないが、アラビア語の単語を辞書で調べるというのは、基本的な文法事項がわかっていないと不可能な、なかなかややこしいことなのだ。 さらにクルアーンの文章が非常に雑然とした感じでわかりにくい。日本語訳では、日本ムスリム協会発行の『註解 日亜対訳クルアーン』と、岩波文庫の井筒俊彦訳の『コーラン(上・中・下)』を読んだが、日本語でも頭にすっと意味が入らない。 クルアーンだけでなく、ハディース(預言者言行録)も読まなくてはならない。 聖預言者ムハンマド(サッラッラーフ・アライヒ・ワ・サッラム)の生涯や、彼を取り巻く人々のことなども知らなくてはならない。 教義をまとめた書籍なども読まないとクルアーンだけではついていけない。 モスクの壁などに書いてあるクルアーンの章句などを読もうとすると、アラビア書道の素養が無いと読めないから、アラビア書道も習い始める。 かくして、クルアーンの暗記、アラビア語学習、ハディース学習、アラビア書道の稽古、聖預言者の伝記学習、イスラム思想史学習、イスラム史学習と、イスラムという大海の中でアップアップすることになったのだった。 ※クルアーンの第1章「開端章」については、機会を改めて取り上げようと思う。 |
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