日本人イスラム教徒日記:イスハーク・バイナ・ル・アバダイン

日本人イスラム教徒となって5年目を迎えてスタートしたブログです。タイトルの意味は「二つの永遠の間のイスハーク」。 gooブログの「日本人イスラム教徒ゆとろぎ日記:アナー・イスミー・イスハーク」の続編。

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星空を見上げて

سورة البروج





وَ السَّمَآءِ ذَاتِ الْبُرُوجِ




وَالْيَوْمِ الْمَوْعُودِ




وَ شَـاهِدٍ وَ مَشْهُودٍ





 スーラトゥ・ル=ブルージュ 1~3


 ワ・ッサマーィ・ザーティ・ル=ブルージュ   


 ワ・ル=ヤウミ・ル=マウウード


 ワ・シャーヒディン・ワ・マシュフードゥ


 クルアーン第85章:星座章 第1節~第3節


 諸星座のある天において、


 約束された日において、


 立証する者と、立証されるものとにおいて(誓う)



 このブログのタイトル「イスハーク・バイナ・ル・アバダイン」は、悠久の時間の流れの中での自分の存在の小ささを自覚したものである。


 その一方で、空間の中で自分の存在の小ささを実感するという自覚の仕方もある。


 ひとりで星空を見上げているとき、俺だけでなく、多くの人は自分の存在の小ささを感じるのではないだろうか?


 そして自分の小ささを自覚したときにどうするか?


 よくあるのは、「この広い宇宙に比べて、自分の悩みなどほんとにちっぽけなことなんだなあ」と感じつつ悩みを忘れる…という態度である。そうやって心を浄化する。


 とはいえ、悩みの内容によるけど。


 好きな女の子(男でもいいが)にフラれて苦しくて仕方ないときにこのような方法で悩みを忘れるのは健全である。


 しかし、「借金が800万円あるけど、ちっぽけなことだなあ」とか「娘がグレて援助交際しているけど、宇宙の広さに比べればどうでもいいことだなあ」というのはいけない。
 そういう悩みはごまかさずにちゃんと向かい合ってもらいたい。


 また、自分の小ささを自覚したとき、限られた時間と空間の中で自分なりに頑張っていこうと奮起するという態度もある。


 川底の、砂粒ひとつ程度の存在だけれど、もしかしたら砂金のようなささやかな輝きを放てるかもしれない。


 とはいえ、砂粒には砂金の価値がわからないように、人間には他人の真の輝きがわからないかもしれない。

 
 では誰が人間の真の輝きをわかってくれるのか? そして救ってくれるのか?
 一神教の信仰者なら答えは言うまでもないだろう。


 日常生活の中に埋没していると、「どうせ人生は死ぬまでのヒマつぶしだなあ」などという虚無的な気持ちを持ったりもするが、静かな夜にひとり星空を見上げていると、すんなりと神の存在を信じることができる。


 そして「約束された日」をめざして頑張らねばイカンよなあ…とようやく殊勝な気持ちになったりするのだ。


 ムスリムになって5年目だが、「日常の暮らしの中で一瞬の迷いもなく神を信じている」と言ったらウソになる。正直な話、いまだに迷いはある。


 たまに星空を見上げて信仰心を立て直す。そんな信仰スタイルがあってもいいんじゃないか? と、勝手に自己正当化している。


 そんな心境とぴったり合ったのが、このブログのテンプレート(デザイン)。星空をとても美しく表現しているし、きらめく星のひとつのようになれたらと思わせてくれる。作者に感謝!


 ところで、このブログのトップの右上の「Starchart」というところをクリックすると、タイトル部分にある変化が起こるの知ってた? 知らなかった人は試してみてください。 
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テーマ:宗教・信仰 - ジャンル:学問・文化・芸術

クルアーンより | コメント:1 | トラックバック:0 |
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2008-01-22 Tue 13:51 | | #[ 編集]

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